とある高校図書室にて。





 おや、久しぶりだねぇ。勿論覚えているさ。君達は、見てきた生徒の中でもとりわけ、際立っていたから。今も色々な生徒が出入りするけれど、君達ほど、面白い子達は少ないね。無論、居ないって訳じゃないんだけどさ。でも、そいつらは完全に住む世界が違うからねぇ。君たちみたいに、現実と非現実を体内に共存させている子はいないなぁ。

 それで、どうしたんだい?どうやら、懐かしの母校を訪ねてきた、って訳じゃ無さそうだねぇ。何か、用事があるんだろう?・・・へえ、君、あの事件に遭遇した人に話を聞いて回ってるの。そうか、もう、5年。確かにきりは良いけどねぇ。そうか、5年・・・。ああ、そこにかけなさい。どうせ今は、暇だから、少し思い出話と洒落込もうか。コーヒーでいいかい?ミルクは?ああ、君とコーヒーを飲む時が来るとはねぇ。時は気付くと過ぎているんだ。自分は、何一つ変わっちゃいない様に思うんだけどね。

 懐かしいねぇ。でも、思い出としてきちんと消化されるには、まだ幾ばくかの時間が必要かな。でも、もう5年も経ってしまったなんてねぇ。今でも鮮やかに思い出されるよ。放課後、ここのほら、あそこのテーブルで、黒髪の少女と、少年と、そこに光の加減で蜂蜜色に見える髪を持った少女が笑いかけながら、彼らに近づくんだ。少女と少年は、漆黒の瞳を笑みの形に細め、蜂蜜色の髪の少女へと視線を向ける。幾度となく、繰り返された光景だったねぇ。君、髪を切っちゃったんだね。昔の三つ編み姿も可愛らしかったけど、今の髪形も随分と似合っている。もう、君も大人なんだねぇ。大学・・・3年生か。確かに、こんなことやれるのは今の内だよ。

 お菓子、いるかい?丁度、カップケーキを生徒から貰ったんだ。調理実習だったんだと。2つあるし、お1つどうぞ。ただし、味は保証できないけどねぇ。

 この高校の図書室の司書として、もう何年にもなるけれど、君達の事はずっと気になっていたよ。自分も中々ぶっ飛んだ人間だと思っていたけれど、君達も負けず劣らずだったからねぇ。でも、不思議だねぇ。今になってよく思い出される君達の思い出は、どんなに可笑しな行動でも言葉でも状況でもなく、3人が仲良く本を読んだり、くすくすと話していたり、僕に「失礼しました」と笑顔で声をかけここを出ていく姿なんだよねぇ。普通で、長閑な光景。思い出は美化されると言うけれど、これもそうなのかもしれないな。

 彼ら?そりゃあね。あの2人は、ねぇ・・・。彼女の方は、もう完全に違う世界の住民だったけれど、彼はまだまだ普通の少年の部分があったよ。彼、そう、斎藤君だ。斎藤君は、実は、君と付き合っているんだと思っていた時期があるんだよ。ああ、ごめんごめん。そんなに驚かなくても。でも、確かに彼が愛していたのは彼女だけれど、恋していたのは君だったと、僕は思うんだけどねぇ。はは、君には迷惑な思い込みだねぇ。君と居る彼は、ただの高校生だったから。だからそう思ったのかもねぇ。まあ、結局は、最後に彼は彼女を選んだ事になるんだけども。でも、別の、君を選ぶっていう事もあったのかもねぇ。おや、そんなに複雑そうな顔をして。彼とは親友だったと?そうだねぇ、あの当時は、それが一番美しい形ではあったよ。

まあ、だから、あの事件が起こった時は、心底驚いたねぇ。でも、心のどこかでは、来たるものが来たと思った事も、真実だよ。驚きと共に、深い深い諦観も、感じたから。ん?いや別に、悲しくなったりはしなかったよ。どうせ、彼らは何処で生きてるんだ。それに、もう何度も言っちゃってるけど、やっぱり何処かで予感はしていたしねぇ。このまま彼らが順当にここを旅立っていく訳が無いと。もしかしたら、これは僕の希望だったのかもしれない。

 僕ねぇ、偶に考えるんだよ。もしかしたら、あの事件はある一面では僕にも責任があったのかもしれないってね。僕が、あの子たちのあの部分を、引き伸ばしたのかもしれない。勝手な負い目、だと笑うかもしれないけどねぇ。人間誰だって、ああいう可笑しな時期はある。君とは違ってね、彼らは多分、そういう時期だったに過ぎないと思うんだよ。でも人間自然と、あるいは自分からその時期を卒業する。そうして社会に出ていく。でも、僕は、ここは、その可笑しな時期を許容してしまったからねぇ。もっと、かつて同じ時期を経験し、まだそれを引きずっている僕が、止めてあげて、元に戻すべきでは無かったのかとさ、思うんだよねぇ。恐らく、勝手な責任感なんだろうけど。

 そうだ、少しお手伝いをしてくれないかなぁ。この返却図書、元の棚に片付けなきゃいけないんだけど、奈何せん量が多くて。君は、かつて有能な助手でもあったし、お手伝い願いたいんだけど。ああ、ありがとう。棚の配置や、分類はあの当時と変わってないから。新刊は、あそこのテーブルに置いてねぇ。本がどんどん増えちゃって、もうあそこの文学全集とか、僕が家に持って帰ろうかなって考えてたりするんだよねぇ。多分上の人から怒られるだろうけど。でもどうせ誰も読まないし、文学全集なら、たくさんここにもあるし。そういえば、君、卒業間近に何冊か本を「失くしました」なんて言って、実は持ってたりしてない?はは、図星かぁ。まあ、どれも古くて、君位しか読んでない本だから僕も眼を瞑ったけどねぇ。いいよそんなに謝らなくても。もう、5年前だしさ。へえ、まだ取ってあるんだ。うん、なら、本も喜んでいるだろうねぇ。本棚の奥で埃をかぶっているよりかは、誰かに丁寧に何度も読まれる方が、嬉しいだろうし。

 懐かしいねぇ。昔はよく、君と、斎藤君でこうやって本を棚に戻していったものだけど。君達はどの本が何処にあるかをよく知っていて、てきぱき動くし、僕は凄く助かってたんだよねぇ。その間に、彼女は返却済み図書のチェックをしてくれていて、よく返却を催促する手紙を書いていたんだよねぇ。大体2ヶ月返していない人に書くものだけれど、彼女が読みたい本を返していない人には、一日過ぎただけでも書いていたねぇ。

 あの遺された物語かい?僕は読んだよ。君が持って来た時には驚いたねぇ。こんなものを斎藤君が書いていたなんて知らなかった。でも、うん、あれは小説と、物語といいながら、大よそノンフィクションだったねぇ。彼が主人公の。そして、また、これが遺されたっていうのも意味深じゃない?彼らが、居なくなってしまい、遺された物語。僕は勝手に、彼らは駆け落ちしたんだと思っているけどね。何処へって?この世界じゃない、何処かだよ。

 でも、あの物語のお陰で、僕は少しだけ、間違っていなかったと思えたんだよねぇ。あの事件があった後、僕は今まで通りで良かったのかと、悩んだんだよね。ほら、さっき言ったみたいに、自分のせいじゃないかってさ。それは今でも思っているんだけど、でも、間違っていなかったと思えたんだよ。ここは、あの子たちの休息の場所と成りえたんだから、それで良かったのだと。無論、それがあの子たちのああいう結果を引き起こしたのだとしても。僕は、ここは、彼らにとって必要であることが出来たというのは、凄く嬉しい事だったよ。他人から、必要とされる。人間これほど、嬉しい事は無いからねぇ。特に僕は、今までそんな事が無かったものだから。もしかしたら、初めて人から必要とされたのかもねぇ。

 ん?そろそろ帰るのかい?そうだね、もうすぐ放課後だ。生徒達もやってくるだろうし。斎藤君は、そうだ、「図書室の住人」と呼んでいたねぇ、自分達の事を。あの物語の舞台は、始終図書室だったねぇ。例え教室や、帰り道が出てきても、次の場面では必ず図書室にいる。確かに、住人と呼ぶに相応しい、かなぁ。

 じゃあ、また、遊びに来ると良い。お勧めしたい本とか、言いたい事はまだまだあるんだ。何せ、ここは、話し相手が少ないからねぇ。お喋りに付き合ってくれる人は、大歓迎だ。

 そうだ、今まで君に色々と聞かれ、それに答えていたけれど。僕からも1つだけ質問してもいいかい?ああ、ありがとう。何、大したことじゃないんだ。


 君は、彼らに会ったのかい?


 ・・・そうか。何、帰る所すまなかったねぇ。気を付けて、帰るんだよ。