とあるカフェにて。


  お姉さん、何か食べない?このカフェのケーキ、中々いけるよ。ちなみにお勧めはベリータルト。あ、でもオレンジチョコレートケーキも美味しいんだよね。飲み物は紅茶よりコーヒーの方が美味しいかも。そだ、もうじきお昼だし、ランチも一緒に食べていい?ここ、ランチがお手頃価格で学生のあたしには有り難いんだよ。
 
 ん?そう、今高校3年生。もうすぐ受験だよ。もう、どうしよ。全く勉強が手に付かないの。お姉さん、あたしの家庭教師しない?えー、そんな謙遜しちゃってー。お姉さん、実は頭いいんじゃないの?だってS大でしょー?ウチの学校、結構県内のトップが集まってるけど、上位層でS大狙ってる子一杯いるよ。え、あたし?無理無理ー。あたしこの間の小テストで赤点取っちゃったもん。もう、笑わないでよー。え?あたしそんなに成長してない?そういや中学の頃も同じ事お姉さんに愚痴ってた気が。あ、でもお姉さんとはあんまり仲良くなかったよね。まず出会わなかったし。

 なんかねー。気付いたらこの年になっちゃったね。なーんか、ついこの間までは、だらだらしてたんだけど、流石にもうそうもいかないね。周りもピリピリし始めたし。あたしも頑張ってるんだけど、やっぱりどこかで本気で頑張れない所もあるなあ。あの事件のせいかなー。

 あの事件は忘れらないっしょ。特にあたしは。

 と、言うか、勝手に事件事件言ってるけど、傍から見れば事件と言うほどのものでもないんだよね。でも、近くにいた人々にとってみれば、どんなに些細でもそれは事件としか言いようの無いほどショックなもので。寧ろ、逆に言うなら、あの出来事は、分かる人には、重大な意味を持っていたとしか言いようがないの。あの事件は、きっと起こるべくして起きたものなんだ。あたしは事件があって5年経って、今頃そう思う様になったの。きっと、あれは、最後の。

 ・・・ううん、何でもない。で、お姉さん、聞きたい事って?あ、何だ、あの事件の事なんだ。で、何?ふうん・・・思い出話ねぇ。そうだね、もう良い頃だよね。5年。気付いたらあたしももう彼女と同じ年なんだ。あの事件が起きた時の、彼女の年。早いね。時の経過って。その時はどんなに生々しい傷跡があっても、時間がたてばそれは瘡蓋となり、やがては皮膚が再生する。

 あ、お姉さん、何頼むか決めた?あたしはねぇ・・・このランチプレートかな。これデザートもついてこのお値段って嬉しくない?お姉さんは、オムライス?これセットにするとスープとサラダとデザートついてくるけどどうする?あ、いらない?そんなに入らないって・・・どんだけ小食なんだよ!ああ、ごめんごめんー!思わずツッコんじゃった。じゃ、頼むよ。すいませーん!

 お姉さんは、あの事件はある意味一番近くで見てるよね。あたしは、実は、何も知らなかった。本当。一つ屋根の下彼らと過ごしていたけれど、あたしには何一つ気付かせなかった。あたしにとって、彼らは優しくて、でもそう、どこか違う世界の住人の様だった。生きてる感じがしないと言うか。少し年が離れてたせいかも。でも、離れてるって言ったって、えっと、3歳差だよ。結構普通だよね。あたしが中学の時寮に入ってたせいかな。とにかく、あたしと彼らには、透明で水の様なベールの壁があったの。

 でも、彼らはあたしに凄く優しかったよ。喧嘩した覚えもないし。あの人たちは人間が出来ちゃってたしね。お前らほんとに高校生かよって位、落ち着いてたし。だから、あたしが「やだ」って言えばすぐに「じゃあ偲の好きな様でいいよ」って。親がケーキとか買ってきても「偲が好きなの取りな」って。常に淡い微笑みなんか湛えちゃって、高校生としてどうよ。老成しすぎだろ。でも、そういうのも相まって、凄く彼等は不思議な人だった。浮世離れしたっていうのかな。偶に、この人たちは何でこんな所にいるんだろう、と思った事もあったよ。実はね。ここにいるべきではないと言うか・・・汚れているのに綺麗、みたいな。

 あ、来た来た。お姉さん、後でオムライス一口頂戴!あたしのハンバーグ少しあげるから。

 あの頃?あたしは嫌いだったよ、そんな彼らが。だってねえ、その頃中学、2年かな?反抗期真っ最中に、あの人たち見てたら凄くイライラした。今なら、そんなこと無いとは思うけど。何か、上手く言えないけど、馬鹿にされてる気分だった。子供扱い、というか。常に大人の余裕を纏わせて、いっつもイライラしてるあたしへの当てつけかと思ったよ。それに、よくあの二人は一緒にいて、同じ高校通って共通の話題があって、あたしだけ寮生活だし話についていけなくて、寂しかったっていうのもあったよ。今思うと、本当は、寂しくて構ってもらいたかったんだと思う。でも反抗期だし素直に言えないし・・・。結構酷い事も言ったから、それだけは謝りたいな。

 オムライス美味しい!今度頼もー。じゃ、約束のハンバーグ。ここのハンバーグ、結構美味しいんだよー。え、それだけでいいの?あたしがっつり食べちゃったよ?そう・・・ならおまけしてポテトもどうぞ。

 あれはもちろん読んだよ。一番最初の読者はお姉さんなんだっけ?そっか、お姉さんが持って来てくれたもんね。当たり前か。なんかねー。彼の思ってた事が凄くよく分かって、読んでてとても痛かったけど、嬉しかった。ああ、あの人こんなこと思ってたんだ。こんなことを想ったんだ。あたしは全然知らなくて、彼の意外な一面に驚いてばかりだった。でも、読んだ後、泣いた。不思議だよね。事件が起こっても驚いて心配してあたふたするだけだったのに、あの物語、小説を読んだ時、初めて泣いたの。初めて、悲しいと実感できた。そして、初めて彼らを愛おしく思えた。

 家族ってさ、結構惰性で一緒にいるんだと思うんだ。特に兄弟姉妹は。生まれた時から一緒にいるから、何となく一緒に過ごして、それぞれが独立してしまえば、何も残らない。家族は大切だけど、それは、多分、刷り込みの様なものだよね。でも、あの時。あたしは初めて彼らを愛したし、それはきっと本物で、これから何十年人生があったとしても、あれほどの愛を抱く事は、もう滅多に無いと思う。それくらい、あたしの人生では、大切な一瞬だった。

 あー、美味しかった。お姉さん、ケーキ何にする?いくらお姉さんでもケーキくらいは入るでしょ?食べないと損だよー。あ、ミルフィーユ?じゃああたしは・・・ストロベリーレアチーズ!後で一口交換ね!

 でもお姉さん、こんなこと聞いてどうするの?何も考えてないって・・・色々な人に聞いて回ってるんでしょ?何か、本か何かにするの?もー、そこの所しっかりしなきゃー。お姉さんは今大学生?いいなぁ、あたしも早くなりたい。それで、大学生の噂の暇っぷりにかまけてこんなことしてるんだ。いいよ、別に。あの事件の事を、あたしも知りたいし。じゃあ宿題。しっかりした量の情報が手に入ったら、まとめて、それをあたしに見せる事。提出期限は、永遠。約束よ?

 ほら、ここのケーキ綺麗でしょー!フォーク入れるのが惜しい位だよね。でも味も一流だから、食べよ食べよ。

 あたしね、5年経ってこの頃考えるんだよ。きっとあの事件は、周りにいた人全てに、何かしらの意味を齎すものだったって。でもそれは人ごとに違っていて、同じ出来事を見ていた筈なのに、立っていた場所や本人によって、その姿は色とりどりに変わっていくの。まるで、同じ瞬間が無い、万華鏡のように。きっと、その人に齎された意味は、正解であり、不正解なんだ。きっと、この出来事の真理は当事者にしか分からない。でも、あたし達は、少しだけその真理のお裾分けを貰ったのよ。まるで、マナの様な。それが、あたしには、一瞬の愛で。お姉さん、貴女が手に入れたマナは何だったの?

 はぁー。満足満足。じゃ、そろそろ出よっか。あたしこれから塾が入ってるし。受験生は大変なのよー。お勘定は、割り勘でいい?どっちも食べたものの値段は変わらないくらいだし。え、奢ってくれるの?嬉しいけど・・・でも悪いよ。取材の報酬ってあたしがただぼんやりと思い出話しただけだよ。そんな何もしてないし。・・・じゃあ、ケーキ代はあたしが出すから、ランチプレート分を、甘えちゃおうかな。ありがとうございます。

 あー、外は寒いねー。もうすぐお正月だし。まあ、そんな悠長な事してらんないけどさ。ん、最後の質問?いいよ、何?一番聞きたかったなら早く聞けばいいのにー。はいはい、で、質問は?・・・結構恥ずかしい質問するね、お姉さん。でも奢ってもらったし、最後くらいちゃんと取材を受けるよ。




 ・・・彼らは、うん、あたしの大切な大切な、お姉ちゃんとお兄ちゃんだったよ。